どうしたら

美少女になりたかった

鈍色の通夜は様相を成していないパーティのようだったからとたんにわたしはつまらなくなった

「魔女の子供はやってこない」という本を読んだ。矢部嵩さんという作家を詳しく知らなくて、この本で知ったのだった。装丁のイラストの方はよく知っていた。小島アジコが書く幼い少女たちが描かれている(ちなみに私個人は小島アジコがあまり好きではない)。ひょんな事から知ったこの本を電子書籍で購入して読み進めていくうちに奇妙な世界観とポップな文体に虜になってしまった。悪夢だったのにはちゃめちゃで異様に楽しかったみたいな夢を見たあとのような読後感。ホラー小説というカテゴリらしいけどホラーだったのかは結構疑問だった。


読書家とはいえなくてもそこそこ本を読んでいた私が思春期に読んで一番印象に残っている本は桜庭一樹の「推定少女」や「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」といった少女小説だった。詩的な文章はふたりの少女の世界観の為だけにあった。この「魔女の子供はやってこない」も、銘打ってはいないものの少女小説のカテゴリに入れてもいいんじゃないかと思える。

すんげえ素敵な小説だったのに、割と誰も感想を書いてなくて、もっといろんな人の感想が読みたくて、とりあえず自分で書いてみようと思って書きはじめている、ので、乱筆乱文おゆるし下さい。



まず主人公の夏子は超冴えないメガネの女の子で なんでも1人で決められない。序盤に出てくる彼女の親友にもそれを指摘される。「できなきゃいけないことは1人でもやりなよ」と。まずその親友の言葉にズサズサと刺されて、その時点で私はこの主人公の夏子に相当感情移入して読み進める。逆に夏子に全く感情移入できない人間は多分この物語は肌に合わないと思う。文体も特殊だし 割と読みにくいタイプの小説ではあるけれど、刺さる人にすごく刺さるタイプの小説だからだ。第1章で夏子の友達は魔女によって次々と殺人されて(割と事故的要素が強いんだけど)夏子ひとりだけ生き残るけど、「友達殺したお詫びに友達なってあげる」と言われてされるがまま魔女の女の子と友達になるのだった。

魔女の名前はぬりえちゃん。ぬりえちゃんは超キュートなのにエキセントリックで自由で、でもどこか大人で、でもやっぱり子供だから残酷なのだった。ぬりえちゃんは人を助けないし、願いを叶えてあげるだけで、その後の責任はあんまりとらないのだった。夏子は振り回されてるようだけど、ぬりえちゃんと楽しく魔女家業をする。ぬりえちゃんは夏子がおどおどするからといって上から物を言ったりしないしいつまでも対等でいてくれるから、そこが素敵だなと思った。


過去の私にもぬりえちゃんのような友達がいて その子は絵を描く天才で、なのに私に金魚の糞みたいにつきまとうくせにいつも奇行で私のことを振り回していた。私も趣味で絵を描いていたからその子に嫉妬して いつも天才と凡人 ということについて考えさせられていた。そして夏子とぬりえちゃんの関係もそういう感じかなあとぼんやり思った。天才と凡人。天才と凡人は仲良くなれるようでいて、けして相入れないのでどうしても離れてしまうのだ。これは持論だけれど 天才は俗世的なことからかけ離れているから例えば結婚したとしても所帯染みたりすることはない、さもなければ結婚せずとも才能によって良い方向にも悪い方向にも進める。天才は波乱万丈なのだ。かたや凡人は普通の人生を歩むしかない。一般的に就職して結婚して結婚できなければ婚活して結婚できれば子供を産んで子供を産んだら孫の顔を見せてもらって老いて死ぬのだ。凡人には凡人の人生のフローチャートがある。天才には天才の苦悩があれど、それを凡人に理解したりすることは真の意味ではできないのだ。私の友達の天才の子も今何をしているのか見当もつかない。


夏子とぬりえちゃんも楽しく魔女家業をしていても、別れが来る。別れの後はぬりえちゃんは魔法の国で魔女修行だ。彼女曰く「プロい魔女」になるために。かたや夏子は平凡に生きて、平凡に老婆になる。大好きな親友の置き土産である粘土人形のブルース(比喩ではない)と結婚して、子供を産んで、老婆になるのだ。ブルースと結婚する展開も、読んでいて私は必然的に思えた。夏子はブルース以外と結婚したらきっとぬりえちゃんという大親友を忘れてしまうだろうし、夏子自身にもそれが分かっていたんだろうと思う。忘れてしまうことは怖いことだ。天才の方はきっと凡人を忘れているだろうけど 凡人にとっては天才を忘れてしまうのは非常に怖ろしいことなのだ。それは縋るような記憶だから。


私の一番好きな最終章は本当に泣けてしまった。胸が小さい針で刺されたみたいになった。ブルースとの死別のシーンなど涙が止まらなくなってしまってきつかった。この物語における一番の魅力的な人物としては、ぬりえちゃんがそうなのであろうけど、私としてはブルースも推したいのだった。はじめは粘土人形で外見は大人なのに脳みそはパッパラパーだったブルースは、ぬりえちゃんや夏子によって大人になっていき見目は変わらぬまま色んなことを吸収していく。彼がどんな思想でいくつもの四季を越えてきたのだろうと、想像するだけでもそれはそれはうつくしい。彼が夏子にしたプロポーズはまるで使い古した筆を水に溶かすみたいに色んな色が混じっていて小汚いけど綺麗に感じた。私はブルースがとても愛おしかった。夏子に感情移入しまくりながら読んでたせいもあるのだろうけれど。


この物語の端々に「地獄は来ない」というフレーズがあって、地獄は来ないから歩いて行っても良いのだ という意味合いだった。地獄ってどんな場所だろう、地の獄なんだからきっと愉快なところではなくて。でも、そんなのもなんか人それぞれなんだろうと思った。地獄に歩いて行こうが天国に走って行こうがどちらにせよそれを選んだ自分はいるのだから誰も責められないし誰のせいでもないんだなあと思う。過去の改竄とか、自分の推敲とか、自分の傷を亡き者にして修正するようなことは人生において私はあんまりしたくない。地獄も別にいいとこかもしれないし。現に私はこの物語を読み終えた今地獄が愛おしくて愛おしくてたまらないのだ。